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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)77号 判決 1998年3月19日

神奈川県横浜市神奈川区浦島丘6番地の21

原告

吉川海事興業株式会社

代表者代表取締役

吉川幸雄

訴訟代理人弁理士

小川信一

野口賢照

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

吉田敏明

外山邦昭

藤枝洋

田中弘満

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が昭和62年審判第754号事件について平成9年2月24日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告と東亜建設工業株式会社は共同で、名称を「水中鋼構造物の腐食部の修理補修法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、昭和58年1月12日特許出願(昭和58年特許願第2276号)したところ、昭和61年12月16日拒絶査定を受けたので、昭和62年1月12日審判を請求し、昭和62年審判第754号として審理された結果、平成9年2月24日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は平成9年3月17日、原告に送達された。

原告は、上記謄本送達後に東亜建設工業株式会社から本願発明の特許を受ける権利の全部の譲渡を受け、平成9年4月10日、その旨を被告に届け出た。

2  本願発明の要旨

水中銅構造物の腐食部の近傍に水中スタッド溶接ガンによりジベル用スタッドを溶着し、該ジベル用スタッドと連結する鉄筋をその周辺に配し、その外側に型枠を配置し、該型枠内にコンクリートを充填し硬化させ、これらを埋めて一体とする水中鋼構造物の腐食部の修理補強法(別紙図面参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。なお、本願明細書(本願公告公報5欄27行ないし29行)によれば、本願発明の要旨とするコンクリートとは、モルタルを包含すると認められる。

(2)<1>  これに対して、「土木技術」37巻10号(土木技術社昭和57年10月1日発行、2頁(以下[引用例1」という。))には、

(イ) 「今まで問題の多かった水中溶接を水中スタッド溶接が解決!!(海洋工事の合理化・省力化・高品質化・低コスト化に画期的新工法!!)」との見出しをつけ、

(ロ) 「特徴」として「○水中スタッド溶接ガンで自動溶接され品質が一定。」、「○水中で陸上と同様の環境で溶接するため信頼性が高い。」、「○海中構造物の取付・取外ともボルトなため自由自在。」などの点があげられ、また、「水中スタッド溶接の利用」として、「○コンクリートと母材の付着にスタッドジベル」、「○各種型枠及びカバーの取付・取外しに。」、「○各種海中構造物の取付・取外しに。」などがあげられており、また、

(ハ) 同真下部の図には、「鋼矢板・鋼管杭への利用例」として、スタッドジベルを植え付けた鋼矢板や鋼管杭の一部表面と型枠との間に、スタッドジベルがモルタル内部に埋没するように、モルタルを充填した様子が図示されている。

ところで、上記(イ)によれば、上記(ハ)の利用例は水中スタッド溶接の利用例であること、及び上記(ロ)によれば、同利用例において、スタッドジベルは水中スタッド溶接ガンで溶着することによって植え付けられていることと認められる。また、鋼矢板又は鋼管杭をモルタルで覆うことは、少なくとも鋼矢板又は鋼管杭を補強するためであることは明らかである。

そうすると、引用例1には、「水中鋼構造物に水中スタッド溶接ガンによりジベル用スタッドを溶着し、その外側に型枠を配置し、該型枠内にモルタルを充填し硬化させ、これらを埋めて一体とする、水中鋼構造物の補強法。」の技術が記載されていると認められる。

<2>  また、赤塚雄三、関博著「水中コンクリートの施工法(鹿島出版会昭和50年12月5日発行)の171頁から173頁までの「4.9.2くいの防食や補修のためのジャケット工法」の項(以下「引用例2」という。)には、

「図4-61~4-63に千葉港さん橋における鋼管ぐい防食試験工事の施工状況を示す。本工法は・・・、注入モルタルがくいとか橋脚などの本体と完全に付着することが基本である。このため、施工に先立ってくいや橋脚表面に付着している藻、海草、貝殻とか浮さびなどは完全に削り落とす。補強を要する場合にはジャケットの着装に先だって、補強用の金網を図4-61の要領で取り付ける。」と記載されている(173頁3行ないし8行)。そして、上記記載が鋼構造物である鋼管杭の補強方法を記述していることは明らかである。また、図4-61の説明には、「ジャケットの取り付けに先立って補強用の金網を取り付ける。水中部の施工は潜水夫による。」と記載されている。

そうすると、引用例2には、「水中の鋼管杭に補強用の金網を取り付け、その外側にジャケットの着装し、このジャケット内にモルタルを注入し硬化させ、金網を埋めて一体とする水中鋼構造物の補強法」の技術が記載されていると認められる。

(3)  本願発明と引用例1記載の技術とを比較する。

本願発明は、(イ)水中鋼構造物の腐食部の修理補強法であって、そのために、(ロ)水中鋼構造物の腐食部の近傍にジベル用スタッドを溶着し、かつ、(ハ)ジベル用スタッドと連結する鉄筋をその周辺に配している点で、引用例1記載の技術と相違し、その他の点では一致していると認められる。

(4)  上記(3)に指摘した相違点について検討する。

まず、上記(3)(イ)の相違点について検討する。

引用例2記載の技術の方法は、水中鋼構造物と型枠との間にコンクリートを充填し硬化させるものである点てま、引用例1記載の技術と軌を一にする方法であると認められる。そして、引用例2記載の技術において、水中鋼構造物を補強する場合とは、例えば、浮さびを完全に削り落とすことが必要であるとされていることがらみて、水中鋼構造物が腐食部を有している場合をも包含していると認められる。そうすると、腐食部分を有する水中鋼構造物を補強するために、引用例1記載の技術を適用することは、当業者が容易にできることであると認められる。

次に、上記(3)(ロ)及び同(ハ)の相違点について検討する。

引用例1記載の技術において、水中スタッド溶接ガンによりジベル用スタッドを溶着しているのは、引用例1には、「コンクリートと母材の付着にスタッドジベル」を使用すると記載され((2)<1>(ロ)参照)、また、スタッドが鋼材とコンクリート版とのずれ止めに用いるものとして周知のものである(必要ならば、土木用語辞典編集委員会編「図解土木用語辞典」(日刊工業新聞社昭和45年第3版発行)の226頁の「ジベル」、273頁の「スタッド」及び282頁ないし283頁の「ずれ止め」の各項を参照)ことからすると、強度が低下していると予想される腐食部にではなく、その近傍にスタッドを溶着するのは、当業者が容易にできたことであると認められ、また、水中鋼構造物をコンクリートで覆うことによって水中鋼構造物を修理補強する場含、鉄筋を使用することは、所望の強度に応じて当業者が必要に応じてできる程度のことがらにすぎず、その際、その鉄筋を共存するジベル用スタッドに連結することも、必要に応じてできることにすぎないと認められる(例えば、必要ならば、昭和48年特許出願公告第14084号公報を参照されたい。)。

(5)  そして、本願発明は、(イ)腐食穴に加重負担が加えられない、(ロ)多数のジベル用スタッドがジベルとしてコンクリートを完全に鋼構造物と一体化し、鉄筋が腐食部領域と健全部領域のコンクリートを一体化し、万全な補強効果を持つ鉄筋コンクリート被覆が得られるという効果を奏するとされているが、これらの効果は、いずれも引用例1、引用例2及び鉄筋コンクリートの一般的性質から予想される効果にすぎない認められる。

(6)  そうすると、本願発明は、引用例1記載の技術及び引用例2記載の技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができた発明であると認められる。したがって、本願発明は、特許法29条2項の規定によって、特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認めろ。同(4)のうち、相違点(イ)、(ロ)についての判断は争い、相違点(ハ)についての判断は争わない。同(5)、(6)は争う。

審決は、引用例2記載の技術の技術内容を誤認した結果、相違点(イ)、(ロ)の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点(イ)の判断誤り)

ア 本願発明は、「水中鋼構造物の腐食部の修理補修法」であって、その目的は、水中鋼構造物に腐食部が生じた場合に、その腐食部及びその近傍を修理し、補強するところにある。

引用例1記載の技術は、防食、つまり腐食の予防に関する技術であって、本願発明のように腐食した場合の修理補強とは全く関係がない。

引用例2が、「図4-60は本工法の施工要領を示したもので、在来のコンクリート工法では施工が困難であった鋼管ぐいの水中での防食ライニング、」、

「図4-61~4-63に千葉港さん橋における鋼管ぐい防食試験工事の施工状況を示す。本工法はマット工法とは異なり、注入モルタルがくいとか橋脚などの本体と完全に付着することが基本である。このため、施工に先立ってくいや橋脚表面に付着している藻、海草、貝殻とか浮きさびなどは完全に削り落とす。補強を要する場合にはジャケットの着装に先立って、補強用の金網とか鉄筋を、」と記載しているように、引用例2記載の技術はあくまでも腐食をしないようにするための、腐食前の「防食試験工事」である。

以上のとおり、引用例1記載の技術及び引用例2記載の技術には、本願発明の、水中鋼構造物に腐食部が生じた場合に、その腐食部及びその近傍を修理補強するという技術的課題(目的)は存在しないし、また、これを予測できるものでもない。

イ 審決は、引用例2記載の技術において、「水中鋼構造物を補強する場合とは、例えば、浮きさびを完全に削り落とすことが必要であるとされていることからみて、水中鋼構造物が腐食部を有している場合をも包含していると認められる。」と認定しているが、上記認定は、化学的反応により劣化損傷した部分的腐食と浮きさびのような付着物を混同したものである。

すなわち、例えば車輪が接する面以外のレールの面に見られるように、鋼構造物は一般に使用する前から浮きさびが発生しているものであり、このような浮きさびは本願発明における局部的に発生した腐食部とは全く相違するものであることは技術常識である。さらに、引用例2には「施工に先立ってくいや橋脚表面に付着している藻、海草、貝殻とか浮きさびなどは完全に削り落とす。」と記載されており、この記載からも、浮きさびは藻、海草、貝殻と同様に単に、くいや橋脚表面に付着しているにすぎないものであるということができる。

この点について、被告は引用例2の浮きさびは本願発明の腐食部に該当すると主張するが、本願明細書に「弱くなっている腐食穴部分には力が作用しないことになる結果」(6欄11行ないし12行)、「鉄筋が腐食部、健全部領域のコンクリートを一体化して、万全な補強効果をもつ」(6欄27行ないし29行)と記載しているように、本願発明の腐食部とは、弱くなっている部分であり、補強を要する部分であるから、引用例2の浮きさびとは異なる。

また、引用例2にいう「補強を要する場合」とは、水中鋼構造物と注入モルタルを完全に付着させる場合のことを意味している。したがって、引用例2に、その場合に浮きさびを完全に削り落とすことが必要であるとの記載があることは、引用例2記載の技術が「水中鋼構造物が腐食部を有している場合をも包含している」ことの根拠にはならない。

(2)  取消事由2(相違点(ロ)の判断誤り)

審決は、相違点(ロ)について、「引用例2記載の技術において、水中スタッド溶接ガンによりジベル用スタッドを溶着しているのは、引用例2には、「コンクリートと母材の付着にスタッドジベル」を使用すると記載され・・・、また、スタッドが鋼材とコンクリート版とのずれ止めに用いられるものとして周知のものである・・・ことからすると、強度が低下していると予想される腐食部にではなく、その近傍にスタッドを溶着するのは、当業者が容易にできることであると認められる。」と判断した。しかし、上記(1)のとおり、腐食部の修理補強については、引用例1にも引用例2にも記載も示唆されていない以上、「強度が低下していると予想される腐食部」という考えは生じず、したがって、「腐食部の近傍にスタッドを溶着する」という発想も生じないから、審決の上記認定は誤りであう。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2  被告の主張

(1)  取消事由1について

ア 引用例2は、「藻、海草、貝殻とか浮きさびなどは完全に削り落と」さなければ、「注入モルタルがくいとか橋脚などの本体と完全に付着」しないために、防食試験工事の目的も達しないとしているが、同時に、「補強を要する場合」にあって補強用の金網とか鉄筋を用いるのは、くいとか橋脚などの本体の補強が必要な場合であり、また、そのためには、注入モルタルがくいとか橋脚などの本体に完全に付着させることが望ましいことを示している。そして、貝殻が付着するということは、くいとか橋脚が設置されてからかなり長い期間が経過していることを意味し、「藻、海草、貝殻とか浮きさびなど」がくいとか橋脚に生じているということは、くいとか橋脚の本体部分が直接海水に触れていたことを意味する。したがって、引用例2は、くいとか橋脚の本体が長期間海水に直接触れていた場合をも想定していると解される。

ところで、海水環境は腐食の激しい環境であり、海水中の鋼矢板等の鋼構造物は激しい腐食を受けることは本出願前周知の事項である。例えば、腐食防食協会編「金属防蝕技術便覧新版」日刊工業新聞社昭和53年12月20日発行(以下「乙第1号証刊行物」という。)には、「海水は塩化物など塩類を多量に溶解し電導度も高いので、古くから腐食の激しい代表的な環境とされているが、最近では海洋開発の機運とともに腐食問題は広範化すると同時に、沿岸の汚染も加わって、その腐食性はいっそう重要性を増してきた。」(177頁1行ないし3行)、「軟鋼、鋳鉄を通じて年間の平均浸食度は、0.06~0.17mmの範囲にあり、平均0.12mm/yrと考えてよい。ただし、孔食の浸食度は、この平均浸食度に孔食係数を乗じたもので数倍以上十数信に達している。」(178頁下から19行ないし16行)、「海中に浸漬した鋼矢板の深度方向の腐食分布は図2.4に示すとおりである。常に飛まつをかぶり酸素の供給も充分な飛まつ帯(splash zone)は特に腐食の激しい部分であるが、没水部分では干潮帯の直下の腐食が最も大きい。」(181頁下から10行ないし5行)と記載されており、この周知技術を参酌すると、引用例2のくいや橋脚は腐食が相当進んでいる場合も想定していると解される。

そうすると、引用例2の「補強を要する場合」とは、くいとか橋脚の腐食のために補強を要する場合を含んでいることになるのである。

イ 引用例2の図4-60には、くいのH.W.L.+1mからL.W.L.-1mまでの部分をジャケットで覆い、モルタルを注入している場合が図示されている。これは、空気又は比較的高濃度の酸素に触れる可能性のあるくい部分をモルタルで覆うことによって、腐食を避ける趣旨であると解され、くいや橋脚に浮きさび(腐食が進んでいる場合を含む)がある場合には、浮きさびのある部分とその近傍についてジャケット工法を施すことを意味するから、引用例2記載の技術はくいや橋脚全体にジャケット工法を施工する場合だけに限られてはいない。

ウ したがって、引用例2の「補強を要する場合」の補強とは、実質的に「腐食部の修理補強」である場合を含んでいると解されるから、「水中鋼構造物に腐食部が生じた場合に、その腐食部とその近傍を修理し、補強する」という技術的課題もまた、引用例2に開示されているということができる。

エ 「さび」とは、金属の酸化であり、さびることによって金属は金属酸化物に変質し、通常その金属本来の強度を失うが、その強度低下の程度はさびが金属内部にどれほど進行しているかによる。金属が金属ではなくなり、その金属本来の性質を失っている状態は金属が腐食している状態である。したがって、「さび」とはその程度の大小はともかく「腐食」であるから、引用例2の「浮きさび」もまた腐食部であるといえる。

一方、本願発明の「腐食部」の腐食は、修理補強を要する程度の腐食と解されるものの、本願発明において、どのような場合に修理補強を要するかは明確でないから、結局、本願発明の腐食部の腐食の程度は任意に決定できることにすぎない。

そうすると、本願発明の「腐食部」は、引用例2の「浮きさび」と同じものであるといわざるをえない、

(2)  取消事由2について

前記のとおり、水中鋼構造物の腐食部を修理補強する技術的課題(目的)ないし動機は当業者にあったのであるから、これがないことを前堤とする相違点(ロ)についての審決の判断に対する原告の主張は理由がない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

第2  本願発明の概要

成立に争いのない甲第2号証(本願公告公報)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について以下のとおり記載されていることが認められる。

1  技術的課題(目的)

水中鋼構造物の設置時に行う防食法として実施されているベイント塗装、電気的防食法によって鋼板の腐食、特に水のしぶきを受ける部分の腐食を完全に防止することはできないのが実情である。現に構築されている鋼矢板、鋼管杭の水面付近の飛沫帯、干満帯の腐食が進み、岸壁土砂の流出、強度的劣化による敷設の陥没が出るのが普通である。しかも、現在はその腐食の進行を停めたり、薄くなって穴があいたりした鋼板腐食部を補強する適切な技術がないという重大事態になっている。

そこで本願発明は、鋼管杭や鋼板等の水中鋼構造物が使用により腐食した場合に、その腐食部分及びその近傍を容易に、かつ強固に修理し、補強する方法を得ることにある。(2欄11行ないし3欄2行)

2  構成

本願発明は、その要旨とする構成を採用したものである。(3欄4行ないし13行)

3  作用効果

本願発明は、水中鋼構造物が部分的に腐食した場合に、その腐食部分の周辺にジベル用スタッドを多数溶着し、そのジベル用スタッドと連続することく、かつ少なくともその周辺に鉄筋を配し、その外側に型枠を配置し、次いでそれが一体となるように、この型枠内コンクリートを充填硬化するようにしたために、腐食穴には荷重負担が加えられず、つまり荷重は縦横の鉄筋とジベル用スタッドに伝達して作用することになり、弱くなっている腐食穴部分には力が作用しないことになる結果、水中鋼構造物の強度は全く落ちずに、水中鋼構造物をその後も依然として従来の腐食していない状態の時と同じように使用可能とすることができる。(6欄3行ないし15行)

本願発明の修理補強方法は、水中鋼構造物全体に実施するのではなく、腐食した部分の近傍にのみほどこすので、安価な補強方法であるとともに、容易に施工ができる方法である。(6欄17行ないし20行)

本願発明はジベル用スタッドを腐食部の外側の比較的健全領域部分まで広げて林立させ、これを利用して鉄筋をかけ渡してコンクリート被覆層を作るから、腐食部に溶着したジベル用スタッドの中に多少溶着不良のものがあっても、他の多数のジベル用スタッドがジベルとしてコンクリートを完全に鋼構造物と一体化し、鉄筋が腐食部、健全部領域のコンクリートを一体化して、万全な補強効果をもつ鉄筋コンクリート被覆が得られる。(6欄21行ないし30行)

第3  審決の取消事由について

1  取消事由1(相違点(イ)の判断誤り)について

(1)  引用例2に、「図4-61~4-63に千葉港さん橋における鋼管ぐい防食試験工事の施工状況を示す。本工法は・・・、注入モルタルがくいとか橋脚などの本体と完全に付着することが基本である。このため、施工に先立ってくいや橋脚表面に付着している藻、海草、貝殻とか浮さびなどは完全に削り落とす。補強を要する場合にはジャケットの着装に先だって、補強用の金網を図4-61の要領で取り付ける。」と記載され、上記記載が鋼構造物である鋼管杭の補強方法を記述していること、図4-61の説明として、「ジャケットの取り付けに先立って補強用の金網を取り付ける。水中部の施工は潜水夫による。」と記載されていること、及び「水中の鋼管杭に補強用の金網を取り付け、その外側にジャケットの着装し、このジャケット内にモルタルを注入し硬化させ、金網を埋めて一体とする水中鋼構造物の補強法」の技術が記載されていることは当事者間に争いがない。

(2)  成立に争いのない乙第1号証によれば、乙第1号証刊行物には、「2.1 海水の特性 海水は塩化物など塩類を多量に溶解し電導度も高いので、古くから腐食の激しい代表的な環境とされているが、最近では海洋開発の機運とともに腐食問題は広範囲化すると同時に、沿岸の汚染も加わって、その腐食性はいっそう重要性を増してきた。」(177頁2行ないし4行)、「2.2.1 海水中の金属の浸食度 ・・・軟鋼、鋳鉄を通じて年間の平均浸食度は、0.06~0.17mmの範囲にあり、平均0.12mm/yrと考えてよい。ただし孔食の浸食度は、この平均浸食度に孔食係数を乗じたもので数倍以上に達している。」(178頁2行ないし下から16行)、「2.2.3 海中鋼材の腐食 海面は常に波浪と潮流の運動があり、海水中には酸素を消費する動物・微生物が生存しているので、海水の酸素分布は均一でない。海中に浸漬した鋼矢板の深度方向の腐食分布は図2.4に示すとおりである。常に飛まつをかぶり酸素の供給も十分な飛まつ帯(splash zone)は特に腐食の激しい部分であるが、没水部分では干潮帯の直下の腐食が最も大きい。これは水線部直下が通気差電池の陰極となり、その下方の鋼面が陽極となるためである。」(181頁下から13行ないし3行)との記載があり、「図2.4 海中の鋼矢板の浸食度(Kure Beach、5年浸漬)」として海中の鋼矢板の飛沫帯、潮汐帯、浸水帯、土中部分における浸食度を表した図が示されていることが認められ、以上の記載によれば、海水は腐食の激しい代表的な環境であって、一定期間海水に置かれた鋼矢板の各部分の浸食度及び腐食の態様は一様なものではなく、没水部分上位に位置する飛沫帯において特に大きく、没水部分では干潮帯の直下の腐食が最も大きく、また、孔食の浸食度は平均浸食度の数倍であることが認められる。

(3)ア  成立に争いのない甲第5号証(引用例2)によれば、引用例2には、「図4-60は本工法の施工要領を示したもので、在来のコンクリート工法では施工が困難であった鋼管ぐいの水中での防食ライニング、老朽化した木柱橋脚とかコンクリートぐいの補修や補強に適用される。」(171頁21行ないし23行)と記載されていることが認められ、上記記載によれば、引用例2記載の技術は鋼管ぐいに水中での防食ライニングを施すものであると認められる。

そして、引用例2の前示「注入モルタルがくいとか橋脚などの本体に完全に付着することが基本である。このため、施工に先立ってくいや橋脚表面に付着している藻、海草、貝殻とか浮きさびなどは完全に削り落とす。」との記載からすれば、引用例2記載の技術は、くいや橋脚に藻、海草、貝殻が付着し浮きさびが発生している状態のものについても防食ライニングとしてのモルタルの注入を行うものであると認められる。

イ  一方、成立に争いのない乙第2号証(化学大辞典編集委員会編「化学大辞典7」共立出版株式会社昭和36年10月30日初版発行)によれば、腐食は金属が純化学的反応又は電気化学的反応によって変質破壊される現象であり、常温下で鉄がさびるというような現象も腐食現象であることが認められる。

そうすると、引用例2の「浮きさび」は、語義からして、鋼構造物本体に密着せず浮いた状態になっているさびをいうと解されるから、浮きさびのある部分では、鋼構造物である鋼管ぐいがそれを取り囲む海水あるいは空気との純化学的反応又は電気化学的反応によって変質破壊されるという腐食現象が起こっており、浮きさびはその腐食生成物であることは明らかである。したがって、引用例2記載の技術は、鋼構造物が腐食部を有している場合にも適用されるというべきである。

(4)  前掲甲第5号証によれば、引用例2には、「図4-60 ジャケット工法の施工要領」に、引用例2記載の技術のモルタル注入範囲について、上限をH.W.L.(満潮面の趣旨と解される。)+1m又ははり下、下限をL.W.L.(干潮面の趣旨と解される。)-1m又は海底として、全体的な施工だけでなく部分的に施工することも記載されていることが認められ、上記記載によれば、引用例2記載の技術は、腐食部の発生範囲にかかわらず、その腐食部を修理補強することをも示しているというべきである。

(5)  そうすると、水中鋼構造物の腐食部の修理補強という本願発明の技術的課題は、引用例2から当業者が予測できるものと認められる。

そして、引用例1記載の技術は、水中鋼構造物と型枠との間にコンクリートを充填し硬化することによって水中鋼構造物を補強する点で引用例2記載の技術と同じ補強法であり、水中鋼構造物の腐食部の修理補強をするという本願発明の技術的課題は引用例2から予測できるものであるから、水中鋼構造物の腐食部を修理補強するために引用例1記載の技術を適用することは当業者が容易に想到できたものというべきである。

(6)  なお、引用例2の前記「注入モルタルがくいとか橋脚などの本体と完全に付着することが基本である。このため、施工に先立ってくいや橋脚表面に付着している藻、海草、貝殻とか浮さびなどは完全に削り落とす。」との記載からすれば、引用例2は、注入モルタルをくいや橋脚などの本体と完全に付着させるために浮きさびを完全に削り落とすことを前提としていると解される。しかしながら、腐食部から浮きさびを削り落としたとしても、上記腐食部は浮きさびに変質していた部分を完全に失うことになるにすぎず、元の状態に復元されるわけではないから、腐食部でなくなるものではない。のみならず、一定期間海水に置かれた鋼矢板の各部分の浸食度及び腐食の態様は一様なものではないことは前認定のとおりであるから、腐食生成物が浮きさびだけから構成されるものであるとする根拠はなく、浮きさびだけを削り落としても、いまだ浮いた状態となっていなかった腐食生成物は残存していると解される。したがって、引用例2が浮きさびを完全に削り落とすことを前提としていることは、前記認定の妨げとなるものではない。

また、原告は、化学的反応により劣化損傷した部分的腐食と浮きさびのような付着物は全く相違すると主張する。しかしながら、引用例2の「浮きさび」は、藻、海草、貝殻等単に表面に付着しただけのものとは異なり、鋼構造物が化学的反応によって変質破壊された腐食生成物であることは前認定のとおりであって、それは化学的反応により劣化損傷した部分的腐食ともいい得ることは明らかであるから、原告の上記主張は採用できない。

次いで、原告は、本願発明の腐食部は、弱くなっている部分であり、補強を要する部分であるから、引用例2の浮きさびとは異なると主張する。しかし、引用例2の浮きさびも、鋼構造物が化学的反応によって変質破壊された腐食生成物であるから、鋼構造物のうち浮きさびに変質した部分は、鋼本来の強度を失い、弱くなっていることは明らかである。そして、海水が腐食の激しい代表的な環境であって、引用例2記載の技術は、藻、海草、貝殻が付着するほどの長期間くいや橋脚が海中にあった場合も含むと解されることからすれば、引用例2の記載を、浮きさびとなった部分の腐食がごく軽微であって補強も要しない場合に限られると限定するべき理由はないから、引用例2には、浮きさびがひどく、その腐食部が弱くなって補強を要する場合も含まれていると解すべきである。したがって、原告の上記主張は理由がない。

さらに、原告は、引用例2にいう「補強を要する場合」とは、水中鋼構造物と注入モルタルを完全に付着させる場合のことを意味しているから、これを「水中鋼構造物が腐食部を有している場合をも包含している」とした審決の認定は誤りであると主張する。しかし、引用例2は、水中鋼構造物に腐食部が存在し、その部分が弱くなって補強を要する場合も含んでいることは前認定のとおりである。したがって、上記「補強を要する場合」とは、腐食部分が存在する場合において金網とか鉄筋を介在させて水中鋼構造物と注入モルタルを完全に付着させ必要な強度を保つ場合も意味していると解されるから、原告の上記主張も理由がない。

2  取消事由2(相違点ロの判断誤り)について

原告は、相違点(ロ)について、腐食部の修理補強については、引用例1にも引用例2にも記載も示唆されていない以上、「強度が低下していると予想される腐食部」という考えは生じず、したがって、「腐食部の近傍にスタッドを溶着する」という発想も生じないと主張する。

しかしながら、引用例2に腐食部の修理補強についての開示があり、引用例1記載の技術を、水中鋼構造物の腐食部の補強に適用することは当業者が容易に想到できたことであったことは前認定のとおりである。

そして、成立に争いのない甲第4号証(引用例1)によれば、引用例1記載の技術のジベル用スタッドは水中スタッドガンで溶接してコンクリートを母材に付着させるために用いることが認められるところ、溶接個所として母材の強度の高い部分を選択すべきことは当然の技術的事項であるから、強度が低下している腐食部ではなく、腐食部の近傍にジベル用スタッドを溶着するという相違点(ロ)に係る本願発明の構成は当業者が容易に想到できたものというべきである。

したがって、相違点(ロ)についての審決の判断には原告主張の誤りはない。

第4  よって、審決には原告主張の違法はなく、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日・平成10年3月5日)

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 持本健司 裁判官 山田知司)

別紙図面

<省略>

1……水中鋼構造物(鋼矢板)、3……ジベル用スタツド、4、5……鉄筋、6……腐食穴(腐食部)、7……コンクリート被覆層、21……水中鋼構造物(鋼管杭)。

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